2006年5月21日(日) 18:30 〜 20:20
OGIKUBO音楽祭交響楽団が誕生in NEW杉並公会堂 〜「音楽監督」に國分誠氏(荻窪在住)を迎えて〜 すべてのホールでモーツァルトがお楽しみいただけます。
- ■ 会場
- 杉並公会堂 大ホール [WEB]
- ■ 住所
- 杉並区荻窪5-28-13 [Yahoo!地図]
- ■ TEL
- 03-6824-7056
- ■ 入場料
- 3000円
- ■ 備考
- 開場18:00
- ■ 演奏者・曲目
- OGIKUBO音楽祭交響楽団 國分誠(指揮)
W.A.モーツァルト: 交響曲第35番二長調「ハフナー」“Haffner” 第1楽章 アレグロ・コン・スピリート 第2楽章 アンダンテ 第3楽章 メヌエット 第4楽章 プレスト モーツァルトがウィーンに生活するようになって6曲の交響曲を作曲しています。この交響曲は、その最初の交響曲にあたります。もっともこの曲は、最初は、ザルツブルグの富豪ハフナー家のためにセレナードとして作られました。その意味からすれば、ウィーン時代において、初めから交響曲として作られたのは「リンツ」となります。とにかく、モーツァルトが多忙中のあいまをみて作られたにもかかわらず、力のあふれた作品で、モーツァルトの交響曲中でも傑作の部にあたいします。「新しいハフナー交響曲は私を驚嘆させました。私はなんら言うべき言葉を知らぬほど、きっと大成功を収めるにちがいありません。」と彼自身父に書き送っています。そのとおり、皇帝ヨーゼフ2世臨席のもと演奏会は、大成功を収めました。
W.A.モーツァルト: ヴァイオリンとヴィオラのための協奏的交響曲変ホ長調K364 ソリスト│ 磯野順子 生沼晴嗣 第1楽章 アレグロ・マエストーソ 第2楽章 アンダンテ 第3楽章 プレスト パリで母を失ってひとり故郷にもどった1779年の秋、弦楽器群を独奏にもった二曲の協奏的交響曲(シンフォニア・コンチェルタンテ)が書かれています。これらの曲はなぜか途中で放棄されてしまいました。 再度の訪問により書かれたこの曲は、パリ様式の影響が強く見られ、規模もかつてパリでの作品より、はるかに拡張されています。管弦樂も単に伴奏としてだけでなく扱われ、モーツァルトの人間的な表現の深さが、これまでの協奏的作品から交響的なものへと向かっています。 独奏楽器のヴィオラのパートは、ニ長調で記譜されています。それは、半音高く調弦して、より明るい響きを得るためと思われます。
W.A.モーツァルト: 交響曲第41番ハ長調「ジュピター」“Jupiter” K551 第1楽章 アレグロ・ヴィヴァーチェ 第2楽章 アンダンテ・カンタービレ 第3楽章 メヌエット 第4楽章 モルト・アレグ モーツァルト最後の交響曲である。ハ長調のこの曲は、人々の賛嘆してやまぬ、壮麗絢爛さ、規模の多きさで、とくに傑出した作品として、彼の器楽中最高峰におかれています。 この曲は、いわゆる彼の三大交響曲の最後を飾るものとして、1788年8月10日に、ウィーンで作曲されましたが、その前の第40番ト短調の完成から、わずかに15日間で仕上げられている。この交響曲においては、もはや他の交響曲におけるような、簡素なハイドン的要素は見出されず、モーツァルトは、ベートーヴェンにも匹敵する豪壮なもので「勝利の賛歌」とも考えられます。 一般に呼ばれている「ジュピター」という名は、ギリシア神話における最高の造物神の名であり、この楽曲の力強い創造的な壮大さに対してまったくふさわしい名ですが、もちろん作曲者自身つけたものでは、ありません。そこには、ギリシア建築や彫刻をも思わせる美を感じさせられるからでしょう。近代の芸術家は、ギリシアを理想とし、外面と内面の一致を夢みました。また、モーツァルトのこの交響曲では、とくに終曲において、対位法的な取り扱いがなされています。これは、特筆にあたいします。モーツァルトの時代にあって、対位法的様式、とくにフーガは、バッハ時代までのようにさかんに用いられてはいませんでした。しかしこの終曲においてモーツァルトは、フーガの技法を充分に駆使し、ホモフォニー(和声的様式)とポリフォニー(対位法様式)の両者の完全な融合をはかったのです。
会場レポート
写真撮影 長澤直子[WEB] ※
- 杉並公会堂 大ホール入口※
- 挨拶 中山 弘 実行委員長 ※
- クラッシックを楽しむ街・荻窪の会
会長 宇田川 紀通 山田 宏 杉並区長と共に
- OGIKUBO音楽祭交響楽団
- OGIKUBO音楽祭交響楽団※
- 國分誠(指揮)※
- 磯野順子(Vl)、生沼晴嗣(Vla)※
- カーテンコール
- 花束贈呈
- カーテンコール※
- 國分音楽監督と中山実行委員長の握手※
- 杉並公会堂 大ホール
演奏者プロフィール
- 國分 誠 音楽監督・指揮
東京生まれ。桐朋学園高等学校時代、指揮を齊藤秀雄氏に師事。1974年、桐朋学園弦楽合奏団の指揮者としてアメリカで演奏し大成功をおさめる。1975年、東京フィルハーモニー交響楽団の指揮研究生となり、1976年、民音指揮者コンクール第3位入賞、民音海外留学助成を受けて翌年よりウィーン国立音楽アカデミーに留学、O.スイトナー氏に師事。1986年、民音オペラ大阪公演「蝶々夫人」(栗國安彦演出)、1987年東京オペラプロデュース公演「ビバ・ラ・マンマ」(出口典雄演出)を指揮するなど、オペラの分野でも着実に実績を積み上げる。帰国後は東京フィルハーモニー交響楽団副指揮者、東京アカデミー合唱団指揮者を歴任。これまでに新星日響の定期演奏会をはじめ、東フィル、東響、アンサンブル金沢、東京佼成ウインドオーケストラ、大阪市音楽団などを指揮して好評を得ている。2000年には台北交響楽団に客演し絶賛を博す。2002年11月東京フォーラムにてドニゼッティ作曲オペラ「愛の妙薬」を指揮。また三枝成彰音楽監督「トヨタ・コミュニティコンサート」に度々出演するなど、アマチュア・オーケストラの分野でも卓越した指導力を発揮し、全国の数多くのオーケストラから招かれている。現在、日本指揮者協会会員。
- メンバー・リスト
磯野順子(コンサートマスター) 佐藤多美子(Vl) 大下茂樹(Vl) 鈴岡淳子(Vl) 相原千輿(Vl) 河村光子(Vl) 岩井真美(Vl) 川崎真砂(Vl)守家絵里(Vl) 西内真紀(Vl) 大林典代(Vl) 大津千代子(Vl) 小林清美(Vl) 佐藤 茜(Vl) 山本伸子(Vl)小野寺園子(Vl) 南 香里(Vl) 中井川温子(Vl) 吉田 巧(Vl) 生沼晴嗣(Vla) 恵谷真紀子(Vla) 佐藤裕喜子(Vla)続橋直子(Vla) 尾台和佳(Vla) 羽場万純(Vla) 澤向直子(Vla) 波田 生(Vla) 西内荘一(Vc) 寺井庸裕(Vc)武田 実(Vc) 成田陽子(Vc) 中田鉄平(Vc) 松谷明日香(Vc) 船田裕子(Vc) 田中洪至(Cb) 佐藤 有(Cb) 赤木昌二(Cb) 松本亜沙美(Fl) 浅井順子(Fl) 桃原健一(Ob) 小林晃子(Ob) 兼氏規雄(Cl) 兼氏康雄(Cl) 榎本眞理(Fg) 倉持香織(Fg) 広川美千代(Hr) 岩切理恵(Hr) 小川 聡(Tp) 三須健至(Tp) 雨宮靖和(Tmp)
敬称略
|